滋賀県高島市

滋賀県高島市

高島市(たかしまし)は、滋賀県西部、琵琶湖北西に位置する市。市の面積は、長浜市に次ぐ県下第二であるが、湖を含めた場合は県下一である。百貨店「高島屋」の名称の由来となっている。


9世紀頃の高島郡は、『和名類聚抄』によると、木津・鞆結・善積・河上・角野・三尾など10郷の存在の記載がある。このうち木津荘(旧饗庭村)は、保延4年(1138年)山門領に加えられ、富永荘(伊香郡)、栗見荘(神崎郡)とともに、「三箇庄聖供領(千僧供領)」と言われ延暦寺の重要な経済基盤を担った。また、安曇川・鴨川デルタ地帯(旧新旭町・旧安曇川町・旧高島町)は、応永29年(1422年)の『木津荘検注帳』、年次不詳の『木津荘引田帳』などから条里制が敷かれていたことが知られている。
鎌倉時代初期、近江源氏である佐々木信綱の子の佐々木高信が、父信綱より高島郡に所領を分与されて高島氏を称し高島高信と名乗った。高島氏は後に数流に分かれたが、それぞれ高島郡の各所に居城を構え戦国期まで栄えた。高島一族には惣領家である高島氏を筆頭に、高島朽木氏・高島永田氏・高島平井氏・高島横山氏・高島田中氏らがあった。
高島高信以降の高島氏歴代は、高島平野の中央部(安曇川北岸の饗庭野丘陵末端・新旭)にある清水山の清水寺跡に清水山城を築いて居城とした。築城の年代は不詳であるが、北野天満宮史料『目安等諸記録書抜(文安4年(1448年)12月4日記録)』に、清水寺に関する記録があることから文安4年以降の築城と考えられる。鎌倉時代室町時代と将軍家に直属する奉公衆として栄えた。しかし享禄4年(1531年)より浅井郡の戦国大名浅井亮政の侵攻が始まり、永禄11年(1568年)には浅井氏の影響下に置かれることになった(『朽木文書』史料)。元亀年間、明智光秀ら織田軍の進攻により高島氏宗家は高島郡を追われた。朽木氏は市西部の朽木谷を鎌倉時代・室町時代を通して領しており、織田家および豊臣家・徳川家に従い、旗本として幕末まで転封することなく栄えた。
その後、磯野員昌により新庄城に政治の中心が移ったが、間もなく入城した津田信澄により大溝城に政治の中心が移された。信澄の後は京極高次などが大溝城主となったが、元和5年(1619年)に分部光信が伊勢上野より入封して大溝藩が成立し、以後、明治維新まで分部氏が治めた。江戸時代の高島郡は、天領・大溝藩および小浜藩の飛び地・加賀藩の飛び地・膳所藩の飛び地・郡山藩の飛び地・旗本朽木領等が混在していた。江戸時代は、幕府の役所が設置された海津村(旧マキノ町)と城下町である大溝村(旧高島町)を中心に発展した。

http://ja.wikipedia.org/ 高島市

MAP

About The Author

関西空撮スカイエイド
お見積・ご質問・ご相談下さい。

CONTACT ME

drone-hr
ご相談等ございましたら下記メールフォームよりお気軽にご相談くださいませ。 お打ち合せ等も行っておりますのでご希望ございましたらご連絡いただけましたら幸いでございます。

住所

有限会社エイド スカイエイド事業部
大阪市北区天満2-12-3 VR南森町5F・8F

連絡先

TEL 06-6355-0500
FAX 06-6355-0530

営業時間

Mon-Fri 9am - 17:30pm





TEL:06-6355-0500

ご不明な点などありましたら今すぐご連絡ください!